新たなフェーズへ!国内・海外の広告代理店、統合と連携の歴史

前回の記事「変革の時代に突入!国内・海外の『総合広告代理店』売上高ランキングをチェック」では、
広告代理店が統合と連携を進めてきた背景について紹介した。
今回は、いわばおさらいも兼ねて、これまでの広告代理店の外資参入や統合の歴史について触れてみたい。

最初に日本に参入した海外広告代理店はどこか、ご存じだろうか。第1号の参入は意外と古く、1956年に遡る。
「ジェイ・ウォルター・トンプソン」が参入したとき、日本は国連に加盟した直後であり、オリンピック開催国に立候補してローマに敗れた後だった。1959年に東京オリンピック開催が決まると、マッキャンエリクソンと博報堂が「マッキャンエリクソン博報堂」、グレイアドバタイジングと大広が「グレイ大広」を次々と設立。

日本の国際化による広告ビジネスの拡大を見越した動きが続いたが、この後は日本独自のメディア広告が成長し海外からの参入は下火となる。

その後、1990年代に入るまでは事業単位でしか統合・連携の大きな動きはなかったが、1998年に日本のI&Sがアメリカのオムニコムグループと資本提携。ここからは、デジタルメディアの成長とともに、資本提携、業務提携、持ち株会社設立等の動きが盛んになってくる。

2001年に「イージス・メディア・ジャパン株式会社」が設立されると、日本では3社の持ち株会社設立が大きな話題となる。2003年、博報堂、大広、読売広告社が設立した「博報堂DYホールディングス」である。博報堂関連では、さらにその3年後の2006年、日産自動車を担当していた「博報堂ジーワン」と「TBWA/JAPAN」が統合し、「TBWA/HAKUHODO」が設立されている。業界内の提携や新会社設立が一段落すると、取って代わるように活発化したのが電通の世界戦略だ。

2012年にブラジル、インド、カナダの3社の経営権を得た電通は、その後も買収や株式取得を繰り返し、2014年には世界300拠点、海外従業員4万人以上を抱えるグローバル企業に拡大。既に海外売上が国内を上回っており、イスラエルやガーナ、タイ、ルーマニアなど各大陸に拠点を構えている。海外売上が全体の10%程度にとどまる博報堂と比べると、世界戦略のスピードと投資規模は驚異的だ。

電通が買ったのは、それぞれの国とエリアに根付く文化に適した広告ノウハウ、マーケッター人材、そして裾野を広げる時間だろう。
投資したのはデジタル戦略に長けた企業が中心で、2015年にはソーシャルロボット開発や、スマートデバイスをクラウド連動させる企業にまで出資している。

先行してM&Aで拡大してきたWPPグループやオムニコムグループに同じ手法で追随しているだけでなく、「デジタルで勝つ」「新たな広告の仕組みを開発する」という意志が込められているように見える電通は、次なるマーケット開拓をどこに求めるのだろうか。

当初は、相互の強みを活かしてマーケットを獲得することに主眼が置かれていた「統合と連携」は、60年を経て新たなフェイズに突入しようとしているように思えてならない。それはすなわち、「世界中の地域の文化に対応したデジタルコミュニケーション」である。